裏千家の歴史-今日庵-

裏千家とは千利休を祖とする茶道の流派の一つです。表千家、裏千家、武者小路千家を総称して三千家とも呼ばれています。
裏千家は別に「今日庵」の通称も持っており、これは三代目となる宗旦が隠居先に建てたものです。この「今日庵」を受け継いだのが、宗旦の四男である宗室であり、これが裏千家の始まりとなったのです。
では何故、裏千家と呼ばれているのでしょうか?
これには二つの由来が関係しています。先ずは「今日庵」の由来ですが、当時亭主だった宗旦の茶席に呼ばれていた清厳和尚は、その席に遅刻してしまいました。そこで後からやってきた和尚に宗旦は、「明日にしましょう」と伝言を残したのです。
これに対して和尚は残した書付から、今日庵という名前が付いたのだそうです。そしてこの今日庵は、屋敷から見て通りの裏にあるという事で、裏千家と呼ばれるようになったのです。
実は裏千家と表千家は隣り合わせに建っており、通りの表にあるから「表千家」、裏にあるから「裏千家」と名が付けられたというのです。
表千家は宗旦の三男であった宗左が引き継ぎ本家となり、武者小路千家は次男宗守が興したのです。
こうしてみると、茶道の流派は家族から始まったと見てもいいでしょう。そしてそれぞれが時代の中でそれぞれの役割を担い、今私達が知っている流派へと発展してきたのです。


posted by 管理人 at 06:00 | 裏千家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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